沿革


 

1968年 初代代表取締役社長須賀昭三氏が須賀グループ前身となる

     「須賀不動産」を創業

1972年 須賀昭三氏がホテル事業に参入。「須賀ホテル 大阪店」を経営開始

1975年 須賀ホテル、須賀不動産を統一し、「須賀グループ」を発足。

1976年 本社を大阪市中央区に移転

1988年 鉄道事業参入を決定。南海と事業提携を開始

1989年 南海汐見橋線の高架化案を宣言(南海との共同出資だが、

     ほとんど須賀グループ持ち)

1990年 地元住民の希望により元汐見橋線区間を全線高架化、

     全駅舎の建て直しを公表

1991年 工事着工

1993年 汐見橋~岸里玉出間の工事が終了。「須賀/南海汐見橋線」が発足。

1994年 須賀グループ二代目代表取締役社長須賀哲也の脱税、

     インサイダー取引などの不祥事により、須賀哲也氏の退任。

     「須賀/南海汐見橋線」を南海電鉄に業務委託し、「南海電鉄汐見橋線」となる。

      須賀グループ三代目代表取締役社長に須賀英司が就任し、

     鉄道事業を来年にも復帰すると宣言。

1995年 阪神淡路大震災が起こり、須賀グループのホテル部門に多大なダメージ。

     それにより事業復帰予定の1995年7/14から二年後に先送りすることを表明

1997年 須賀グループが鉄道事業に復帰。

     同時に延伸計画を発表。同年不動産事業を鉄道部門に委託。

1998年 「須賀/南海汐見橋線」を「須賀電鉄汐見橋線」に名称変更。

     元南海汐見橋線区間内の駅員を全員須賀電鉄の鉄道部門部の社員に変更

2000年 須賀電鉄が「スルッとKANSAI」協議会に加盟し、

     「スルッとKANSAI」を導入

     (これまで南海汐見橋線として、スルッとKANSAIは対応していた)

2004年 近畿地方交通審議会答申第8号

     「中長期的に望まれる鉄道ネットワークを構成する新たな路線」として、

     近畿開発促進協議会が須賀電鉄に「なにわ筋線」の具体化を要望

2005年 南海電鉄、大阪府、大阪市、との共同出資にて

     「須賀電鉄なにわ筋線」の土地買収を開始

2008年 土地買収が終了し、汐見橋~大阪中津(仮)間のトンネル工事に着工

2010年 トンネル工事が終了。岸里玉出~大阪中津間が開業

     JR西日本との会議に折り合いがつかず、

     JR新大阪駅に南海電鉄の車両を通す案が破綻

      JR路線とは別に、新大阪までの延伸路線を作る案を

     南海電鉄に提出しおおかた合意。

     工事に着工

2011年 工事が完了。同年12/8に岸里玉出~新大阪間が開業。

2012年  須賀電鉄グループでのバス事業部が発足。同年南海電鉄の協力により

      一部南海バス添乗員に変わり、須賀電鉄バス事業部の人員が起用される。

2012年 「須賀電鉄バス事業部」が、「須賀バス」と改名。同年兵庫県の南部に位置する

     「虎牧島」にて、虎牧市営バスの運転と、虎牧島にバス路線を展開。

 

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